「はじめての森歩き講座」  三雲城址とおまけ

いよいよ、三雲城址へ。


このお城の城主だった三雲氏は主人である六角氏の観音寺城が攻撃されると
この城にかくまったと言われています。
その六角氏の家紋が彫られた石というのが途中にありました。


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どこにあるの???



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木の枝と枝の間に入れて、分かりやすいように写真撮ってきたつもりなのですが・・・
緑色の〇のところ。


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それでも見難いですよね
もう1枚アップで。


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でも、よく雨風の浸食に耐え、残っていたものですね。




さて、ではもう一度、三雲城の図を載せますね。


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ここから馬の背道と呼ばれる道を進みます。
このままこの道は土塁になります。



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途中、兵站地を通り過ぎると巨岩の石垣が出現。
(望遠で撮ったので、あまりきれいな画像じゃなくてごめんなさい)


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こんな感じに周りには、ゴロゴロと巨石がありました。
どれもお城の遺構なのでしょうね。


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先ほどの巨岩の石垣のところに来ました。
左に立っている男性の身長と同じくらい。



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石切り矢穴のあと。

大きな石を切る方法・・・・石の割れる方向を見定めて、矢穴と呼ばれる穴をミシン目のように数箇所堀り、楔を打ち込んで石を割るのだそうです。
切るのではなく、割るという感じかな。



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ここ、枡形になっているのが分かりますか?
枡形虎口といいます。


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井戸の跡もありました。


こういう山城は水の確保が大切ですね。


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土塁。


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もう少し上に登ります。



石切り矢穴の跡が残っている石。


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開けた~~~~♪



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三角点はなかったけど、一応頂上。
三雲城山というのが山の名前だったんだ!



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美しい眺望をおかずに昼食。

そして、今度は来た道ではなく、ループ状になったこの道の左側を降ります。
8分で降りられるはずですが・・・・


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後世に造った治山治水のため?の石垣も随所に見られます。
こういう山から土砂が流れて、大沙川のような天井川が出来ちゃうからね。


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反対側から来たけど、この道がお城への大手道でした。



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ここからはおまけ。


三雲城址から降りると、また山道へ。


ちょっとみなさんにお見せしたいので、寄り道します。。。と先生がおっしゃったと思うのですが。
磨崖仏は、確かに見たい!!と、張り切って付いて行きました~♪


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ところが、なかなか着かない。

こんな離れたところに、よく磨崖仏を彫ったものだと感心しながら進んでいきました。


途中、中尾巻きみたいなネジネジの樹に遭遇。
どうしてこんな風になるのでしょうね・・・


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かなり山道を歩いて、やっと磨崖仏にたどり着きました。

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優しげなお地蔵さんでした。


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この磨崖仏のところまではだいぶ表の道から奥まで入ってきたのに
なぜか、少し降りると人里の気配が感じられ・・・


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降りてみたら、妙感寺というお寺の裏山でした。

この滝の、少し上に磨崖仏があったのです。
な~~~んだ


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このお寺、なかなか由緒のあるお寺でした。


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この看板は、近くの神社にあったものですが
よろしければこちらに簡単に説明が書いてありますので、大きくしてご覧になってください。


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お庭も池もきれいに手入れされていました。


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石灯籠も立派。


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屋根に菊の模様が入っているのは・・・・


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この方丈が、東福門院の水口御殿の一部をを移築したものだからだそうです。


これがご本尊の十一面千手観音坐像。
写真もOK!!


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このお寺の開祖である万里小路藤原藤房(藤が二つもついている~~~)公のお墓もあります。
昭和天皇より微妙(みみょう)大師と諮号を贈られたそうですが、このお名前微妙・・・


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*藤原藤房は鎌倉時代末期の公卿で、元弘(げんこう)の乱の謀議が露見したため、
 後醍醐(ごだいご)天皇の笠置山(かさぎやま)脱出に従いました。
 藤房はその後出家して、妙感寺を開基。笠置山(かさぎやま)で戦死した人々の霊を慰めるために、
 この地蔵菩薩を朝夕信仰した、といわれています。(滋賀県観光情報より)




南北朝時代の争いの爪痕が、こんな静かな里にも残されていたなんて。
といっても、この辺りは旧東海道のすぐ近くだったのですものね・・・・
むしろ、現代より昔の方が様々な人が行き交う要所だったのかもしれないですね。



最後に、コミュニティバス「めぐるくん」でJR甲西駅まで帰ってきました。
私たちで満席になってしまい、途中からの乗客の方が立たされてしまいました。
たぶん、いつもは座れているんだろうなぁ。。。


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これで、三雲城址は終わりです。
長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。










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この記事へのコメント

  • せきあ

    三雲城址の記事は大変興味深く読ませてもらいました
    旧東海道から始まり三雲城址、八丈岩、磨崖仏など見どころ満載です
    コースとコースタイムをネットで調査しスギ花粉が治まった時期に行きたいと思いました
    途中の案内にあった、金勝アルプスにも行きたいと昨年から調査しています
    まだ滋賀は僕にとって未開の地
    楽しい記事、情報をありがとうございます
    2018年03月07日 08:10
  • biore-mama

    せきあさん、こんばんは。

    拙い記事ですが、お楽しみいただけて嬉しいです。
    この森歩きの特に私が参加している金曜日のコースは人数も多いし
    みなさんマイペースで、先生の予定しているコースタイムで歩けたことがありません大抵、1時間は送れます。
    ですから、あえてタイムは載せておりません。
    たぶん、全然参考にならないと思われます笑
    金勝アルプス、なかなか歩きごたえもあるし見応えもあるしで
    私も最も気に入っている山の一つです。
    滋賀の山はいいですよ。
    ぜひ、京都にいらっしゃる間に踏破なさってくださいな。
    スギ花粉が終わってからですね
    2018年03月07日 21:10
  • 月奏曲

    微妙大師は微妙に嫌がらせじゃね~の?って思うくらい微妙ww

    今でこそ静かな土地ですけど北畠や筒井・松永、勿論浅井に六角と結構なメンバーが近隣に揃ってた土地ですからねぇ…当時は交通の要衝だったんでしょうねぇ
    2018年03月07日 22:28
  • biore-mama

    月奏曲さん、こんばんは。

    微妙を「みみょう」って読ませる???
    やっぱりこれ、誉めてない???笑
    いくら「みみょう」といわれても、みんな心の中でビミョーって思っちゃいますよね

    ちょっとタイムスリップして、その時代を見てみたい気がするけど
    戦国時代は巻き込まれると困りますね・・・
    2018年03月08日 21:58