「はじめての森歩き講座」  いよいよ逢坂山 

今回は、贅沢なふろくがいっぱい盛り込まれた森歩き。

最後は、いよいよ逢坂山です。


長等公園の自然観察路を抜けると東海自然歩道と合流。


ここは写真ではなかなか分かりにくいと思いますが
台風や長雨の影響で、山道の路肩が崩れて非常に道幅が狭くなっています。
左側はものすごい急斜面なんです。
集中して歩かないと・・・・



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スポットライトを浴びて。



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やっと、逢坂山の道標が出てきました。



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途中、視界の開けたところが。
山科の四宮あたり。

遠くに愛宕山も見えますね。


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あっという間に三角点。


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ここが325m。

長等公園からだと、ホントすぐですね。
裏山みたいなものかな?


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しかし、後で分かるのですが
この三角点が、曲者。



でも、まずはここからの展望をおかずにお昼。
真ん中にポコンと見えているのが三上山。


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この山は明治時代までは「相場山」と呼ばれていました。
大阪の船場のコメ相場を、手旗信号で江戸まで送っていた、その中継地であったのだそうです。
ちなみに逢坂山は、京都伏見稲荷に隣接する西野山から信号を受けて、栗東の安養寺山に送る位置にあったらしい。
江戸まではいくつの山を経て、信号が届いたのでしょうね。
この旗を振って伝達する仕事をしていた人たちは相場師、めがね屋と呼ばれていたそうです。
相場師って、そういう仕事だったんだ・・・・
しかも昼間は旗だけど、夜は松明だったんですって!!
すごい通信方法。結構速かったらしいですよ。


というわけで、旗振り山というのは、高すぎず(高すぎると雲に隠れちゃう場合もあり)低すぎず
見通しのいい山ということですね。



さて、昼食が済んだら下山。


途中、問題の標識に遭遇。


今、左から来たのですが・・・


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見えにくいので、もう一枚。

右へ、逢坂山1.4キロ、音和山4.0キロ。

え???今登ってきたのに、なぜこの先にあるわけ??


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東海自然歩道が間違ってるんだ!!と息巻きながら、歩いていくと

今度は、逢坂山が逢坂の関に直されている。


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そう、逢坂山とは逢坂の関のことなんじゃないの???と、とりあえず納得して下山。
もうこの辺りに来ると、国道1号線を通る車の音が結構聞こえて来ます。
里はもうすぐ。


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私たちは、蝉丸神社・京阪大谷駅方面へ。

しかし、ここでも直進方向0.4キロで逢坂山との表示。
直進すると、国道を跨ぐ歩道橋を渡って音和山に行ってしまう。

一体、この標識にある逢坂山ってどこなの???


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左側には国道も見えてきました。


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お向かいの音和山。


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まもなく蝉丸神社に到着。

ここは音和山に登った時も、立ち寄りました。


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社殿の横のこの細い道から、出て来たんです。
この道が、逢坂山や長等公園に繋がっているなんて、こちらからは分からないですね・・・


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「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂(あふさか)の関」
小倉百人一首の蝉丸の歌。


いろいろな旅人が行きかう、交通の要所だったことが伺えますね。


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蝉丸がこの辺りに庵を結んでいたらしく
蝉丸神社も実は3つあります。


・関蝉丸神社上社
・関蝉丸神社下社
・蝉丸神社


ここは3つ目の蝉丸神社で分社のようです。
関は、逢坂の関にあるから・・・関蝉丸神社というのかしら???




さてさて、その他にも逢坂の関をよんだ歌がありますのでご紹介。


「夜をこめて鳥の空音(そらね)は謀(はか)るともよに逢坂(あふさか)の関は許さじ」(清少納言)

男女の恋の歌ではありますが、逢坂の関を越えるのが大変で難所であったことも前提にあるのがなんとなくわかりますね。



「名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人には知らで 来るよしもがな」(三条右大臣)

人に知られずに逢いたいというこちらも大人の忍ぶ恋の歌ですが
名にし負わば・・・という句に、三関の一つとして有名だったことがうかがえます。


他のサイトで見つけたのですが、前述の関蝉丸神社の上社にさねかずら、あったようです。
昔は、この辺りにたくさん生えていたのでしょうかね。



旧街道を面影をわずかに残す京阪大谷駅付近。


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京阪大谷駅。

この先が峠のピークになっており、そこに確か逢坂の関の石碑があったと思います。


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では、東海自然歩道でいう逢坂山とは???

家に帰って調べてみたら、
私たちが見つけた三角点は「神出」と呼ばれている三角点で、山の名前としたら
やはり相場山というのが正しいようです。
この山の下を通るJRのトンネルに逢坂山トンネルと名付けられたため、こちらが通称:逢坂山とハイカーには認識されてしまったようなんです。


で、本当の逢坂山は、昔の地図でいくと
道標の通り、歩道橋を渡った向かい側にある小高いピークを指すようです。
どちらかというと、音羽山の北側の端っこの山のようですよ。
また、逢坂の関の後方の小高い山も、昔のハイカーさんたちには逢坂山と呼ばれていたそうです。
峠道も、今の国道とは若干違っていたみたい。


ちょっと謎が解けました。



それでも、わたし達が登った逢坂山とその南側の音羽山の間の狭い狭いところに
国道1号線、JRびわ湖線、京阪電車京津線、名神高速道路が通っています。
今でも、ここは交通の要所です。

現在の国道は多少削ったり、掘ったりしているようですが
ここの道はもともと切り通しではなく、
たまたま比叡山系の南端の逢坂山(相場山)と醍醐山系の北端の音和山のちょうど谷間だったんですね。
だから、関所を置くには最適な場所だったのでしょう。



標高はさほど高くなく、気軽に登れる身近な山でしたが
その分、人々の生活に密着してるし、歴史もあるし、なかなか興味をそそられる山でした




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この記事へのコメント

  • 月奏曲

    交通網の発達(主に高速道路と鉄道)で近隣のメジャーな地名や跡地をトンネルやら駅名につけちゃうから元の位置からずれて認識されたりするんですよね…

    江戸時代は金銀銅が変動相場でかつ江戸を中心とした関東が金本位、大阪を中心とした関西が銀本位だったため主要な取引品目である米が事実上の基軸単位になっていたとかなんとかかんとか…で米相場が重要だったとかなんとか…という話を聞き流していた記憶があるのですが正直『どうやって相場伝えるんだよ。時間かかるから伝わった時もう変わってるだろ』とかおもったけどなるほど旗信号やら夜は灯火信号か…一日で江戸まで伝わりますね。

    とか感心してたらコメントが超長文に…(;´Д`)

    2017年11月18日 20:00
  • Muni

    手旗信号や松明!すごいですね。昔の人の通信手段。そして、視力もかな。最近、昔の人がどうやって広範囲に情報を伝えてたんだろうと考えることがあって、気になっていたのですが、そうだ、その方法があったなと思い出させてもらえました。
    2017年11月19日 21:05
  • biore-mama

    月奏曲さん、こんばんは。

    お返事、遅くなってごめんなさい
    コメント、いっぱいありがとうございました~♪
    米相場それほど重要だったとは!!!
    だからなんだろうか・・・旗振り通信は、実は全国に送られていたようで その速さは、大阪から天保山経由で、京都まで4分、大津まで5分、神戸まで3分ないし5分または7分、桑名まで10分、三木まで10分、岡山まで15分、広島まで27分で通信できたといわれているのだそう(Wikipediaより)
    江戸までは、箱根だけは飛脚を使ったらしいですよ~

    この速さにも驚きましたが、天保山って日本一低い山といわれていたんじゃなかったっけ???
    そこから発信したのかと思うと・・・
    昔は、本当に建物が無かったのね。

    2017年11月20日 22:47
  • biore-mama

    Muniさん、こんばんは。

    これね、一番最初に考えたのは紀伊国屋文左衛門さんだったらしいですよ。
    お商売で成功する人は、考えることが違いますね~
    視力はね・・・確かに今の人よりはいいと思いますが
    江戸時代には双眼鏡などが、もうあったらしいです。
    そういうアイテムがあってこその通信手段だったのでしょうね。

    2017年11月20日 22:53

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