「はじめての森歩き講座」  逢坂山 ふろく

その昔、東海道で京都へ入るための最後の難所だった逢坂の関。

「これやこの ゆくもかえるもわかれては 知るも知らぬも逢坂の関」(蝉丸)
とは、私でも知っている小倉百人一首の歌。
高校の頃、冬休みの宿題で暗記させられました~

その逢坂の関の後方にあるのが逢坂山。
11月の森歩きは、この逢坂山でした。
が、標高もそれほど高くないことから、先生が今回は豪華なふろくを付けてくださいました。


今日は、本篇の前にふろくからご紹介します。


逢坂山に登るルートはいくつかあるのですが
今回は大津市の長等公園から登りました。


そこに行くまでに、さまざまな付録が・・・・
京阪別所駅からスタート。


まずは弘文天皇の御陵。


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弘文天皇って???
この近江の大津京を造られた天智天皇の子の大友皇子といった方が分かりやすいかも。
大友皇子もちょっと可哀そうだったよね・・・
天皇に即位していたんだ・・・と改めて知りました。


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先生の説明では、天皇の御陵は奈良や京都がほとんどで
実は、滋賀県にはこの弘文天皇陵が一つだけなんだそうです。

大友皇子は幼少期にこの辺りの大友氏のもとで養育されたので名前にもその名が付いたのと
三井寺がその菩提寺でもあるので、お墓はここになったのかもね・・・・


ちなみに近江に都を造られた天智天皇陵は京都市の山科、天武天皇は奈良県の明日香。




次はまた不思議なスポットへ。


大きな鳥居が出現!!


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荒れた感じだけど、石垣まであるんですよ。


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いったいここは何の神社???と思ったら
「新羅善神堂」と書いてある。


園城寺鎮守神の本尊・新羅明神(しんらみょうじん)坐像を祀っているのだそうです。
新羅明神って、新羅系の神様なのかな?
この辺りは渡来人が多かったからね。


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なんとも立派なお堂なのに、境内はちょっと荒れた感じで残念でした。
源頼朝をはじめ源氏の守護神なんですって。

平安時代後期の武将源義家がここで元服して新羅三郎と称し、お墓もこの近くにあるようです。


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さて、この境内の脇の道に入ると、いきなり山道。



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いよいよ、これで、逢坂山へ登るのかと思いきや

まだまだ、ここは市内のほんの裏山で大津市歴史博物館の横に出てきてしまいました。

なかなか立派。
ここも、ゆっくりいつか見てみたいけど・・・今日はパス。


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この敷地の中にあったオンドルの遺構。


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やはり、この辺りで渡来人の人々が暮らしていたのだと実感。


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こちらは車石。

江戸時代に京都大津間の東海道では、多くの牛車が米や木材などを運んでいたようです。
当時は、道は舗装などされていなかったため
雨天続きともなれば、逢坂峠・日ノ岡峠の難所では、
車輪が泥にとられ立ち往生することに。
そこでこのように車の幅に合わせて石を敷いて、車の道・軌道を造っていたようです。
車輪の跡が残っていますね。



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次は、円満院門跡。


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現代的なモニュメントみたいなのは、なんと鐘つき堂でした!!


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紅葉が始まっていましたよ。


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寒桜も咲いていました。
ちょっと遠くで、私のカメラではこれが限界。


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そして、三井寺(園城寺)

天智・天武・持統天皇の誕生の際に 御産湯に用いられたという霊泉があり「御井の寺」と呼ばれていたものを
後に三井寺と呼ばれるようになったようです。
前述のように、大友皇子の菩提寺でもあります。


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古刹っていう雰囲気、醸しだしていますね。


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ここも、昔一度来たことがあるのですが
さらっと観光しただけなので、今度はゆっくり見に来たいと思いました。

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次は、三尾神社。


うさぎさんが神様のお使い。
珍しいですね~


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うさぎさんが檻に入れられてる???


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あちらこちらにうさぎのモチーフ。


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この神社も、調べたらなかなか奥深く
このページでは、そこまでのご紹介は難しいので割愛します。


なんだか、ここまでは歴史ウォークみたいですよね・・・
滋賀の歴史は面白く、とっても興味があるので
これもまた、楽しい。



この後、長等公園に向かい、逢坂山に登りました。




続きは、また次回へ。


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この記事へのコメント

  • すーちん

    今日は
    リホームされてこれから
    いろいろ揃えていくの楽しみですね^^
    逢坂山というのが存在するんだ~
    2017年11月12日 11:19
  • 月奏曲

    新羅明神は確か円珍(空海の甥っ子。入唐八家の一人。真言八家祖師のがわかりやすいかな?)が唐から帰ってきたときに船の舳先に立って『吾こそは新羅明神なり。仏法を日本に垂迹すべし。』ってやらかして喧伝してその後円城寺を賜ったのでそこの守護神として…ってやっぱ円城寺かここw
    2017年11月12日 20:41
  • biore-mama

    すーちんさん、こんばんは。

    リフォーム、いろいろ考えて決めていくの
    結構大変です
    実は優柔不断だったことに、改めて気付かされました(苦笑)
    でも、それも併せて楽しんでいます!!

    さてさて、東北で育ったので
    関西の土地カンが無かった頃の私は
    逢坂山の「おうさか」とは、ずっと大阪の事だと思っていました~五十三次、終わってますね大阪じゃ。
    そんなことを思い出しながら、歩いてきました~♪
    2017年11月12日 22:59
  • biore-mama

    月奏曲さん、こんばんは。

    すごい!!
    新羅明神、ご存じとは
    もしかして、月奏曲さん歴史の先生でいらっしゃいましたか???

    空海の甥っ子なんだ・・・
    私はてっきり新羅から神様を取り込んじゃったのかと思いました。
    園城寺の守護神社の割には、ちょっと大事にされていないような・・・
    同じく守護神社だったけど、神仏分離令で明治に分離させられた三尾神社の方がよく整備されていましたよ。
    この辺、いろいろ事情があるのかな・・・
    滋賀、面白いですよ~♪
    2017年11月12日 23:09
  • 月奏曲

    せ…専攻は一応数学です(;´Д`)簡単に言うと『偶然性について』色々やってますw
    2017年11月13日 22:41
  • biore-mama

    月奏曲さん、こんばんは。

    数学の先生でしたか!!
    歴史にも造詣が深くていらっしゃるし
    お花も詳しいし・・・何でも来い!!ですね♪
    『偶然性について』かぁ・・・
    ブログでの皆さんとの出会いも偶然???なのよね~
    2017年11月14日 21:50

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